医療AI 東大・ソフトバンクらが医用画像の新会社設立
2025年9月5日 10時45分更新

日本の医療AI開発が直面する根深い課題である「データ不足」という壁を打ち破るべく、産学連携の強力なタッグによる新会社が誕生した。国立大学法人東京大学、スタートアップの株式会社pafin、そしてソフトバンク株式会社などが中心となり、多様な医用画像データを収集・加工して流通させる新会社「株式会社イヨウガゾウラボ」を2025年9月1日に設立したと発表した。この新会社は、CTやMRIといった医療現場の貴重な医用画像データを、個人情報保護に最大限配慮しながらAIの研究開発に活用できる形に整え、市場に提供することで、日本の医療AI開発のエコシステム全体を活性化させることを目指す。

医療AI、特に医用画像を用いた診断支援AIは、医師の負担軽減や診断精度の向上、早期発見による重症化予防など、医療の質を飛躍的に向上させる可能性を秘めている。しかし、そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、AIに学習させるための大量かつ高品質な「教師データ」が不可欠だ。ところが、現在の日本では、この最も重要なデータが市場に十分に流通していないという深刻な課題が存在する。その背景には、個人情報保護法や関連ガイドラインへの配慮から、医療機関が患者のデータを二次利用目的で外部に提供することに慎重にならざるを得ない制度的な課題がある。また、データを安全に提供するための匿名化処理には高度な技術と手間が必要であり、医療機関単独で対応するには技術的・コスト的なハードルが非常に高い。さらに、AIの学習に使えるようにするためには、医師が画像一枚一枚に対して病変部などを正確に示す「アノテーション」と呼ばれる作業が必要であり、これには膨大な時間と専門的な知見が求められる。こうした複合的な要因が障壁となり、結果として日本の医療AIベンダーや研究機関は、開発に必要なデータを十分に確保できず、海外のデータセットに依存したり、研究開発の規模を縮小せざるを得なかったりする状況に置かれていたのだ。
イヨウガゾウラボは、この「データ流通のボトルネック」を解消するためのソリューションを提供する。そのビジネスモデルは、「収集」「加工」「提供」という3つのステップで構成されている。まず「収集」の段階では、協力関係にある病院や医師との独自のネットワークを活用し、研究開発へのデータ利用について患者から適切に同意(インフォームド・コンセント)を取得した上で、CTやMRIなどの医用画像データを安全に集める。次に最も重要な「加工」の段階では、収集した生データに様々な処理を施し、価値の高いデータセットへと昇華させる。その中核となるのが、医師の監修のもとで行われる高品質なアノテーション作業による教師データの構築だ。加えて、AIがノイズなどから誤った特徴を学習してしまうことを防ぐためのデータクレンジングや、個人情報保護に万全を期すための匿名化処理も徹底する。特に匿名化においては、東京大学が研究を進めてきた先端技術を活用し、個人の特定に繋がりうる顔の部分を精巧に変形させたり、画像に付随するタグ情報から個人情報を削除したりといった高度な処理が行われる。最終的な「提供」の段階では、こうして磨き上げられた高品質な医用画像データと教師データのセットを、期限付きの使用権(ライセンス)という形で、医療AIベンダーや医療機器メーカー、大学などの研究機関へ提供する。サービスは、脳動脈瘤や脳梗塞といった特定の疾患に対応したデータセットをパッケージで提供する「AI開発用セットサービス」と、顧客の個別の要望に応じてデータセットを構築する「オーダーメイドサービス」の二本立てで展開されるそうだ。
ビジネスモデル

提供サービス

この事業が実現に至るまでには、長年にわたる産学連携の積み重ねがあった。元々は東京大学による「ICT活用による医療画像データ流通システムの構築」プロジェクトから発足し、2019年にシステム開発力を持つpafinが参画。その後2021年には、東京大学とソフトバンクによる産学協創の枠組みである「Beyond AI 研究推進機構」での共同研究へと発展した。さらに2022年には、経済産業省が策定した技術研究組合(CIP)制度を活用し、非営利法人である「医用画像通信技術研究組合」を設立。ここで技術の実用化に向けた最終的な検証を行い、満を持して事業会社であるイヨウガゾウラボの設立へと至った。この設立経緯は、イヨウガゾウラボの強みそのものを物語っている。すなわち、東京大学が持つ「学術的な信頼性」と匿名化などの「先端技術」、pafinが持つ「アジャイルなシステム開発力」とプラットフォーム構築の「ノウハウ」、そしてソフトバンクが持つ強力な「事業推進力」と広範な「ビジネスネットワーク」という、それぞれのプレイヤーの強みが有機的に結合しているのだ。
イヨウガゾウラボの設立は、単なる一企業の誕生に留まらない。日本の医療AI開発における構造的な課題に正面から挑み、データが安全かつ円滑に流通する新たなインフラを構築しようとする試みだ。このプラットフォームが機能することで、これまでデータ入手に苦労していた多くのスタートアップや研究機関がAI開発に参入しやすくなり、日本の医療AIエコシステム全体の活性化と国際競争力の向上が期待される。最終的には、革新的な医療AI技術の社会実装を加速させ、人々の健康促進や医療サービスの高度化に貢献し、誰もが健康に暮らせる社会の実現を目指す、壮大なビジョンを描いているようだ。
参考URL:https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2025/20250901_01/





